N先生の人種&言語差別




前記事でこのコースは英語とフランス語50パーセントずつで提供されるはずだったことを話しましたが、今思えばそれはアジアンを学校に入学させるための、上等文句?を超えた誇大営業?いやもはや詐欺ともいえる。

 

私たちが入学したばかりの学校のディレクターは英語も話せる人でした。入学直後にそのディレクター が辞めてしまい、フランコフォンのディレクターへ変わりました。そのせいか、学校の方針を変えたのかどうかはわかりません。

 

とにかく英語話者の生徒たちにとって聞いてないよ~って思いながらも入学してしまった以上やりきるしかありませんでした。

 

入学後数カ月だけ、学校内で無料で提供されるフランス語の放課後クラスがありましたので、フランス語が苦手なスペイン語系、アジア系の生徒が参加していましたが、クラスメートからその情報を聞いて私も参加しました。秘書コースの授業が終わってから夕方5時ぐらいまで、確か1時間半ぐらいのクラスだったと思います。だけどそのクラスは数か月でなくなりました。

 

うちに帰ってからも秘書コースのそれぞれの学科テキストブックの翻訳をして、予習をしてから授業に挑みなんとかついていくレベルにはなりました。

 

入学から2か月たったころ、超ど級の人種、言語スキル、差別するN先生が私たちのいくつかの学科を担当することになりました。

 

どんな差別があったかというとフランス語苦手な生徒はみんなの前で彼女に侮辱的なことを言われたり、挨拶をしても、返されなかったり、返してもあきらかにフランコフォンとへのフレンドリーな対応と違いました。一番困ったことはFinal Examの時です。彼女は自分のかわいいフランコフォンにテスト中にいっぱいヒントを個人的あたえ、ある時は先生が生徒の代わりにキーボードをタイプしていました ( ;∀;)

 

あの学校のテストは合格ラインがバカみたいな基準で高いのでまじめに授業に参加しているフランコフォンさえ合格するのが大変です。だから、まじめなフランコフォンにだけ、となりの人と同じバージョンのテストを配り、ある意味カンニングを促す行為です。そうでもしないと合格が難しいと先生は知っていたのでしょう。まじめなフランコフォンでさえ合格できないということは、わかりずらい授業内容を提供していたことになります。

自分の面子のためにもまじめなフランコフォンには合格してもらわないとならないのです。

N先生にとってそれ以外のまじめな英語話者や不真面目な生徒には隣の人と違う問題用紙を配っていました。彼女のテストでは半数以上の人が不合格になりました。

ちなみに私は合格してやりました。超勉強しましたからね ( `―´)

N先生はそのことにびっくりしていました。予想外すぎたんでしょうね 笑

 

N先生の行動にずっと憤りと不信を抱き、でもこの学科が終われるまでだと耐えようと思ったんですが、N先生がうちのクラスが相当お気に入りらしく、残りのほとんどの学科を担当することになると話を聞き、これは卒業が難しいかもしれない、とお先真っ暗になりました。私はこの状況を学校のディレクターに知ってもらうために、N先生の目に余る行動を伝えました。ディレクターはN先生に事実確認をするといいました。

 

そのあとのN先生のクラスで、先生は『名前を呼ばれた人は放課後残るよう』と言い、その名前を呼ばれた生徒はフランス語がやや苦手なスペイン語話者とアジアン人とフランス語得意なアジアン人を交えて合計8人でした。そして、放課後ほかの生徒に聞かれないように、ドアを閉めて話始めました。

 

『これから私は携帯で録音します』と言って、『わたしに対して不満を持っている人がこの中にいるみたいだけど、誰?』と聞いてきました。

 

そこにいるフランス語得意な2人以外、みんな不満を持っていることを私は知っていました。だけど、N先生のリベンジ、要するに成績に影響するのが怖くて誰も声をあげません。

『わたしの授業はわかりずらい?』と一人一人答えさせます。正直に答えたのは、私と私の親友コロンビア人のMちゃんだけでした。N先生はフランス語でまくしたてるように、フランス語が得意なれば、理解できる授業だとという結論にむりやりもっていきました。(実際はフランコフォンからも彼女の授業はわかりずらいという話はでていましたけどね。)これ以上反論しても逆ぎれしてくるだけと誰もがわかっていました。

 

最後に、『次の学科も私が担当するから、よろしく~』ってなぜか一人一人とハグ。私の親友だけは、ハグをしないで離席しました。

 

それを念に思ってか、MちゃんはN先生が担当する学科だけ不合格でした。しかもすごーく不信な不合格。元々合格だったと聞いていたのに、じつは不合格だったとか。

 

私の親友は、N先生が今後私たちの担任的なポジションになる限り卒業が難しいと思うと感じいたし、彼女の息子が不登校になったり、経済的な状況など、いろいろなことが重なり、N先生が懲戒解雇になる前に辞めてしまったんです。

 

解決策をなんとか私も探しましたが、息子くんのことまでは、第三者が解決できませんでした。実直で明るくてかわいいMちゃんが大好きでした。解決できなくて二人で泣きました。今でも時々Mちゃんと連らくをとって、母国では息子くんも元気で生活している話を聞くとこれは、これで、よかったのかなと少し思います。


 

次回はN先生がどのうように懲戒解雇になったかを語ります。

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