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子どものオンライン授業。そして小学校再開

 コロナの影響で、冬休み明けにオンライン授業が約2週間あり、今日から学校が再開さました。

 



 

オンライン授業の始まる前にスケジュールは前日に決まり、授業は午前830から始まることが分かりました。

 

最初のパンデミックの時は、授業時間は1000ぐらいからだったため、まさか私の仕事時間とガッツリかぶることになるとは想定外。

 

そこで問題になったのが我が家の限りある端末の割り当て問題。

 

家にはカメラ付き端末が携帯を除いて2つあります。

 

1つはタブレット、もう一つは私のPC。

 

幸いにも、オンライン授業開始日が私の仕事が入っていなかったんですが、どのみち端末が必要なのかを、でも、数週間のために買いたくなくない。でも、オンライン授業だっていつまで続くかわからない。 教育委員会が用意してそうな端末を借りるか。

 

で、結論からいうと、娘のクラスはカメラオフで参加するように言われたので、私の仕事時間だけ娘にはもう一つのカメラが壊れているタブレットを使ってもらうことになりました。

 

 

あまり、部屋数もあるわけではないし、各自が違う部屋で授業に参加するわけですが、娘は一人で参加可能。でも、息子6歳は端末の使い方も初めてなので、最初の2,3日はほっとおけない感じです。

先生からは、自立を促すために、親の同伴なしでの参加をするようにと言われていましたが、そうもいかない場面も多々あり(;・∀・)

 

しかも、順番に回答をあてられるんだけど、答えられないでいるの見ると、なんか自分ごとのようにヤキモキしてしまう。毎日が授業参観みたいな。

 

授業時間は大きな物音も立てないようにしなくちゃいけないし、自分のことに集中できない状況でした。

 

息子のクラスでは写真描写の文章を作成して先生にメールで送るという課題があり、それを先生が授業中に説明していましたが、息子は文章も書けないし、メールって単語だって知らないはず。送るとかもね。

 

結局私が仕事しながら聞いていたから、対応できたけど。親がそばにいない人なら、どうなの?って思いました。みんなちゃんと理解できていたのかな?Wellcomeクラスじゃないから理解できているのかな。すごいですね1年生なのに。

 

授業時間以外にも授業時間は合計2-3時間ぐらい。そのほかは自習時間は宿題時間って感じで、娘でも少し手助けが必要な宿題もあり、息子は自立してできないので、つきっきり。

 

慣れないことで、子供たちも最初はストレスを感じているようでした。

 

2週目には親子ともども慣れたというか、開き直ったというか。

 

そんな感じで一日はあっという間に過ぎていき、仕事もままならない感じでした。

 

学校再開の予定は昨日月曜日からでしたが、前日日曜に明日は天気が悪いから休校ですとメールでお知らせが来ました。といわけで、今日、火曜日から登校がはじまったわけです。

 

職業訓練校のインタ-ン

 



わたしの通っていた職業訓練校ではDEPASPと2つのコースの組み合わせたプログラムがあり、というかセット売りのように見えて、それぞれのコースにCertificateが発行されるので、厳密にいうと、別々なんです。

 

PEQCSQをもらう資格の一つとして1800h以上のプログラムを卒業しなければならないので、この組み合わせによって、時間を1800hにあわせていくという、ちょっとした力技です。

 

個人的にこの組み合わせプログラムのリスクも知っているだけに、おすすめはしないのですが、このことについては後の記事でお話したいと思います。

 

職業訓練校のインターンについても、それぞれのコースで1回ずつ探さなくてはいけないので。これが大変。インターンはこのプログラムのひとつの単位のため、探せない場合は当然卒業ができないのです。職業訓練校のここがひとつの山場といえるでしょう。

 

職業訓練校によっては学校が積極的にインターン先や就職先を探してくれるところもあると聞きますが、私が通っていた学校では、基本個人で探さなければいけませんでした。時々学校に募集が来ますが、フランス語、英語堪能な人というガチのやつしか来ないので、恐れ多くてほとんどのアジア人にとっては応募すらできないやつです。

 

 

中には、学校の事務をさせてもらっている人もいましたが、当然枠には限りがあるし、私はうちの学校のアドミンもディレクターもが苦手だったので、学校でインターンをすることはオプションとして少しも考えていませんでした。

 

たいがいの生徒は、人脈(留学エージェント、知り合い)づてで2週間だけ無給で働かせてもらうというのが定番でした。

 

しかも、DEP卒業前のインターン(たったの2週間)を消化した後に、働くわけでもなく、間もなくしたASPがはじまるわけですから、就職を前提としないインターン探しのような、中途半端なもので、生徒も単位消化としてわりきって探します。

 

ちなみに私が卒業したコースは、DEPが秘書、ASPが法務秘書でした。

DEPの時は私も友達のつてで、一回目は普通の不動産屋の事務で働かせてもらいました。そして、そこで、どんな仕事したかなど結構多めのレポート書いて提出してDEPを卒業しました。

 

次に、ASPですが、法務秘書としてインターン先を探さなければなりません。要は、法務関係をしている事務所での事務です。

 

急に選択肢が狭くなりました。信用第一の職場で法務事務所でインターナショナルをインターンとして迎えるかな?カナダ人と肩を並べて席を奪えるなんて自信はみじんもなく、これは、早めに探しはじめなきゃと、10月卒業でしたが7月ぐらいから探し始めました。

 

求人あるにはあるけど、Requirementに経験者とかバイリンガルとか、心が早めにおれそうでした。クラスメートの中には学校にきている講師(弁護士、行政書士)の元でさせてもらっている生徒もいました。

 

なんとか探した会社は移民弁護士がいる大手の移民コンサルタント事務所です。新入社員は募集していないとのことでしたが、どんなことでもしますと、頼み込んで2週間のインターンの許可をいただきました°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

 

これから、CSQPRなど申し込みするのでここはでインターンをさせてもらったことは、一石二鳥でした。ありがたいことに、私にも、CSQ関係PR関係の仕事をさせてもらったので、そのおかけで自分でCSQPRを申し込みできる知識が身に付きました。

 

しかもその事務所の公用語は英語でした。というか全員どちらの言語も話せるんですけどね。すごく事務所の雰囲気もよく2週間だけと知っていながらみんな優しくて(涙)

 

最終日にはご飯をおごってくれてプチお別れ会をしてくれたり、ケーキをプレゼントしてくれたりと、何より、私の卒業のために助けてくれて本当に感謝でいっぱいでした!

差別のせいでテストが(一時?)不合格!


 前回の記事で差別と不正により、聴解解雇になったN先生についてお話しましたが、法務関連の授業を担当した差別先生No2、S先生についてお話します。

 

プログラムを終盤にかかってきて裁判内容のディクテーションや、法務的資料の作成など、超ハイレベルフランス語が必要になってきました。 

 

S先生もとりわけ、フランス語が苦手そうなアジアン人と不真面目な生徒が嫌いです。あいさつや、会話の時の表情があからさまに違います 笑。 一番困ることは、成績にかかわることで差をつけることです。

 

例えば、S先生に自分のドキュメントを添削してほしいとお願いしても、好きな生徒のはするけど、そうでもない生徒には『隣の人と答え合わせして。』と添削をしません。テスト前の大切な時期に生徒同士の答え合わせをどれだけ信用していいのか。。。

 

さらに、彼女はそそっかしい一面があり、私のプレテストの採点の時まちがったところをチェックし忘れて、私はそれを正解だと思い、本番の時に同じ間違いをしてしまいました。

 

2,3この間違いで不合格になるテストなんですから、一問の重みがめちゃくちゃ重いわけです。そのせいで私はそのテストは一時?不合格となりました。

 

一時不合格というのは、このテストの採点があまりに厳しかったため実話クラス全員不合格だったんです。このことを暴いたのが、中国人のOちゃんでした。敏腕探偵(笑)

 

先生と学校は全員が落ちるようなテスト基準はまずいってことで、先生のお気に入りだけを合格させたんです。もう、書いているうちに、思い出してイライラするんですけど 笑

それが、Oちゃんによって暴かれ、その問題をOちゃんがプリンシパルとのミーティングで協議をした結果。全員合格 なんじゃ、そりゃ苦笑

 

最後に学校の名誉のために言っておきます。今あげた2人の先生以外のほとんどの先生は本当に素晴らしい先生ばかりでした。そしてほとんどの先生が英語とフランス語両方話せます。差別ももちろんありません。

 

ケベックでは公用語がフランス語ですから、英語へのコンプレックスが強い人ほど、英語話者へのあたりが強くなるのは、たぶんフランス語職業訓練校だけで起きていることではありません。もちろん、つたない英語で対応してくれ、英語が苦手でごめんね~って言ってくれる人もたくさんいます。

こっちこそ、つたないフランス語でごめんなさいなんですよ( ;∀;)


要は人間性によりけりです。もっと言ってしまえば、ケベックだけ、差別問題が突出して起きているというわけではないと思います。ただ、2つの言語がほぼ並列して存在しているので、言葉の壁みたいなことが起きるのでしょう。しつこいですが、公用語がフランス語ですから、相手、必要に応じてフランス語で話します。一番快適な会話になる言語を相手を見て選ぶわけです。

  

また、学校の質や先生の質に関して、わたしがモントリオールで出会ったひとたちから、他校についての情報をに聞いたかぎり、(断定的に決めつけはできないことではありますが)、おそらく移民向けの職業訓練校では多かれ少なかれ、なんらかの学校や先生の質の問題はあるようです。

 

いろいろ不満がありましたが、この学校に通って結論良かったです。それは、無事卒業できてCSQもインタビューなしで取得できたからです。

 

次回は卒業後のインタビューあり、なし問題について、お話します!

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N先生が懲戒解雇

 


N先生のビジネスレター作成するというクラスが終わり、新しい経理の授業に入っても先生の教え方を変えるわけでもなく、私に逆らうと成績で痛い目にあうと生徒に見せしめたもんだから、みんなは先生に媚びを売りに必死でした。フランコフォンたちでさえ、授業の前に必ず先生に食べ物などの貢ぎ物を渡す生徒がいるほど。それを遠慮なくもらい続ける先生も先生です。

 

それに習って、フランス語が苦手な中国人のOちゃんが、先生にある日ワインをプレゼントしました。しかし彼女はたぶんOちゃんが嫌いです。というか、Oちゃんはフランス語が苦手だから、あまり相手にしたくない生徒の一人です。そしてもらった直後にクラスメートの前で『私ワインが飲めないから、だれかほしい人いる?』と、失礼な提案をしてきました。もらった本人の前でやることじゃない。Oちゃんからのもらい物を口にしたくなかった、信用できなかった。たぶんそういうことだと思います。あんたら、中国人も私は助けるつもりないよっていうN先生の意志表示にも見えました。

 

Oちゃんはスーパープライドが高く賢い子です。彼女は次の日学校を休みました。

そして休んだ翌日彼女は学校に来て、私にこういいました『これは、誰にもいわないで。私は昨日名指しで先生のテストの恩恵を受けている人の名前を伝えて、彼女はテスト中にある生徒にだけテストで有利なるようにしていることを書いた手紙をディレクタイーではなくて、プリンシパルのデスクに匿名で置いてきた』と。。。

 

そして、N先生は学校に不正がバレて翌日懲戒解雇になったのです。その後恩恵を受けていた生徒たちは、N先生が辞めたことで、貢ぎ物や媚ではなく自力で合格しなければならなくなったので、N先生の解雇を聞いてかなり動揺していました。

 

辞めた後にもまだN先生とつながりのある生徒が、先生は密告により、解雇になったことを聞いたようで、誰が辞めさせた?と犯人捜しみたいなことが始まりました。私も疑われていた思います。『何か知っている』と直接聞かれたこともありましたが、『知らない』とだけ言っておきました。

 

そして、一番N先生の恩恵を受けていた生徒はその後ことごとく自力でテストに挑んだ結果不合格を食らい続けていました。

 

逆に私の学校生活は快適になりました。フランス語のできる人できない人関係なく平等に与えられるチャンスに勉強する意欲もわきました。新任の先生ははもちろんフランス語で授業してくれましたが、わかりやすい授業でした。特にアカウンティングのクラスでは大学で教えている先生でしたので、厳しくもありましたが、合理的な教えかたでした。

 

フランス語力はテストに合格するための大切な要素の一つではありますが、フランス語力に関わらず一定数が不合格になる結果を考えると、これは努力、情報力、要領、理解力、フランス語力など、それぞれの最低限の能力がないと合格できないというのが私の結論です。

 

まあ、こんな感じでDEPの始まって間もなくして、言語スキル、国籍差別があり、一難去ったわけですが、ASPでもN先生のバージョンダウンした差別先生、S先生が私たちのほtんどの学科を担当することになりました。しかも裁判内容のディクテーションや、法務的資料の作成など、難しい分野を担当していたので、超ハイレベルフランス語と先生の教えるスキルが必要でした。

次回はこの先生の差別とミスにより、私のテストが(一時?)不合格になった話をお話します。


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N先生の人種&言語差別




前記事でこのコースは英語とフランス語50パーセントずつで提供されるはずだったことを話しましたが、今思えばそれはアジアンを学校に入学させるための、上等文句?を超えた誇大営業?いやもはや詐欺ともいえる。

 

私たちが入学したばかりの学校のディレクターは英語も話せる人でした。入学直後にそのディレクター が辞めてしまい、フランコフォンのディレクターへ変わりました。そのせいか、学校の方針を変えたのかどうかはわかりません。

 

とにかく英語話者の生徒たちにとって聞いてないよ~って思いながらも入学してしまった以上やりきるしかありませんでした。

 

入学後数カ月だけ、学校内で無料で提供されるフランス語の放課後クラスがありましたので、フランス語が苦手なスペイン語系、アジア系の生徒が参加していましたが、クラスメートからその情報を聞いて私も参加しました。秘書コースの授業が終わってから夕方5時ぐらいまで、確か1時間半ぐらいのクラスだったと思います。だけどそのクラスは数か月でなくなりました。

 

うちに帰ってからも秘書コースのそれぞれの学科テキストブックの翻訳をして、予習をしてから授業に挑みなんとかついていくレベルにはなりました。

 

入学から2か月たったころ、超ど級の人種、言語スキル、差別するN先生が私たちのいくつかの学科を担当することになりました。

 

どんな差別があったかというとフランス語苦手な生徒はみんなの前で彼女に侮辱的なことを言われたり、挨拶をしても、返されなかったり、返してもあきらかにフランコフォンとへのフレンドリーな対応と違いました。一番困ったことはFinal Examの時です。彼女は自分のかわいいフランコフォンにテスト中にいっぱいヒントを個人的あたえ、ある時は先生が生徒の代わりにキーボードをタイプしていました ( ;∀;)

 

あの学校のテストは合格ラインがバカみたいな基準で高いのでまじめに授業に参加しているフランコフォンさえ合格するのが大変です。だから、まじめなフランコフォンにだけ、となりの人と同じバージョンのテストを配り、ある意味カンニングを促す行為です。そうでもしないと合格が難しいと先生は知っていたのでしょう。まじめなフランコフォンでさえ合格できないということは、わかりずらい授業内容を提供していたことになります。

自分の面子のためにもまじめなフランコフォンには合格してもらわないとならないのです。

N先生にとってそれ以外のまじめな英語話者や不真面目な生徒には隣の人と違う問題用紙を配っていました。彼女のテストでは半数以上の人が不合格になりました。

ちなみに私は合格してやりました。超勉強しましたからね ( `―´)

N先生はそのことにびっくりしていました。予想外すぎたんでしょうね 笑

 

N先生の行動にずっと憤りと不信を抱き、でもこの学科が終われるまでだと耐えようと思ったんですが、N先生がうちのクラスが相当お気に入りらしく、残りのほとんどの学科を担当することになると話を聞き、これは卒業が難しいかもしれない、とお先真っ暗になりました。私はこの状況を学校のディレクターに知ってもらうために、N先生の目に余る行動を伝えました。ディレクターはN先生に事実確認をするといいました。

 

そのあとのN先生のクラスで、先生は『名前を呼ばれた人は放課後残るよう』と言い、その名前を呼ばれた生徒はフランス語がやや苦手なスペイン語話者とアジアン人とフランス語得意なアジアン人を交えて合計8人でした。そして、放課後ほかの生徒に聞かれないように、ドアを閉めて話始めました。

 

『これから私は携帯で録音します』と言って、『わたしに対して不満を持っている人がこの中にいるみたいだけど、誰?』と聞いてきました。

 

そこにいるフランス語得意な2人以外、みんな不満を持っていることを私は知っていました。だけど、N先生のリベンジ、要するに成績に影響するのが怖くて誰も声をあげません。

『わたしの授業はわかりずらい?』と一人一人答えさせます。正直に答えたのは、私と私の親友コロンビア人のMちゃんだけでした。N先生はフランス語でまくしたてるように、フランス語が得意なれば、理解できる授業だとという結論にむりやりもっていきました。(実際はフランコフォンからも彼女の授業はわかりずらいという話はでていましたけどね。)これ以上反論しても逆ぎれしてくるだけと誰もがわかっていました。

 

最後に、『次の学科も私が担当するから、よろしく~』ってなぜか一人一人とハグ。私の親友だけは、ハグをしないで離席しました。

 

それを念に思ってか、MちゃんはN先生が担当する学科だけ不合格でした。しかもすごーく不信な不合格。元々合格だったと聞いていたのに、じつは不合格だったとか。

 

私の親友は、N先生が今後私たちの担任的なポジションになる限り卒業が難しいと思うと感じいたし、彼女の息子が不登校になったり、経済的な状況など、いろいろなことが重なり、N先生が懲戒解雇になる前に辞めてしまったんです。

 

解決策をなんとか私も探しましたが、息子くんのことまでは、第三者が解決できませんでした。実直で明るくてかわいいMちゃんが大好きでした。解決できなくて二人で泣きました。今でも時々Mちゃんと連らくをとって、母国では息子くんも元気で生活している話を聞くとこれは、これで、よかったのかなと少し思います。


 

次回はN先生がどのうように懲戒解雇になったかを語ります。

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2022年、冬 カナダに戻ってから

  カナダに帰ってしたことは学校の再申し込みのため教育委員会に行きました。 すると、前年度と同じ学校に行くのであれば学校で申し込みできるとスタッフに教えられ、学校に行き手続きしてきました☆彡   ところが、娘は予定どおり次週から学校に通えるようになったんですが、息子は...